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狩りを終えて無事村に帰り、一息つく狩人は何を想うのか。 ここはそんな机の上・・・。
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初めてモンスターハンターを起動してキャラメイクを終えた直後、この状態のハンターは誰しもハリガネ製の棒人間である。それは「HUNTER」という記号でしかない。それでは棒人間に血肉を施し狩人としての魂を宿しているものとは、一体何物なのであろうか。

所謂ロールプレイというものがある。本来はTRPG由来の役割、役回りを指すのだろうが、広い意味でキャラクターを演じる=個性の表現と言った意味で使われることも多い。その人物の性格や口調、趣味嗜好など、これらも確かにハリガネ棒人間をハンターらしく肉付ける材料だ。でもそれだけではハンターはハンターとして成立しておらず、そこには顔が描かれていない、まるで『のっぺらぼう』なのだ。
お気に入りの猟装を揃えた。武器も拵えた。どうだ、これがハンターか!いや、それでもまだ足りない。これではのっぺらぼうが服を着て歩いてるに過ぎない。

ハンターがハンター足り得る最重要の一(イチ)とは、『技』だ。モンスターハンターはアクションゲームである。モンスターハンターを構成しているものはアクション要素だけではないが、核であるのは最初から最後までまでアクションゲームの部分だ。
これは必殺技、という限定した意味ではない。モンスターの挙動、フィールドの構造、仲間との連携、武器の扱い。ディアブロスの尻尾通常6連、ヤマツカミ目ハメ、回復弾を始めとした支援戦術、老山龍の歩行速度に合わせた独自戦技……。まだまだ、世間に知られていない隠された狩猟のための『技』というものが、たくさんあるはずだ。これらを自分のもの、もっと言えば自分だけのものとしているからこそ「HUNTER」という記号から一人のハンターとして成立させている(その技を広めない、という意味ではないですよ)。
逆に言えば。これを追求することこそがモンスターハンターの深淵であると僕は思っている。初めてイャンクックを倒した瞬間、初めてリオレウスを倒した瞬間、ハンターの顔は描かれる。狩りの軌跡や実績はハンターの顔立ちを形作る。しかしそれは時間の経過と共に段々とまたのっぺらぼうへ向かって退行し、「かつてハンターであった」という事実のみが残る。それは過去の栄光なのか、狩人の残滓であるのか。

それが悪いことである、と言いたいわけではない。僕自身MH:Wの蓋を開けるまでは二ヶ月も続け更に遊び足りないと思うまでの器量が新大陸にあるとは到底思っていなかった。MH:Wに飽きたら次のゲームへ仮想体験を求めてふらふらと向かうのはゲーマーとしてごく自然なことであるし僕自身いつかそうなるだろう。
話を戻すが、モンスターの強弱というのは、実はそこまで重要なことではない。技を振るうのはいつだって自分であるからだ。昨日の自分、先週の自分、先月の自分、7年前の自分。今日の僕は昨日より成長することができただろうか?いや、今日は全然ダメだったな……。明日はこうやってみよう。『技』とはこれらの連続を繰り返し、繰り返し、一定の成果へ辿り着いた証を『技』と呼ぶに過ぎない。
狩人が「狩人でありたい」と願うであれば、技を向ける相手が何であるかより、自分の『技』とは何であるのか、を自身に問い掛けてみてはいかがだろうか。成果だけが狩猟ではない。過程を楽しむことこそ、本当に大切なものなのだから。
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著者
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シュガー
性別:
男性
自己紹介:
新大陸にて狩猟活動中。
狩人の矜持と思い出は十年の時を越える。
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